悩みに悩んで(?)決めました ブログを全面変更します!


こんにちは
3rdAC(サードアンサーコーチング)の椎原 澄です。
ん?突然の 3rdACってなに?

実は 悩みに悩んで というよりも
ずっと考えていたんです
本気でブログをはじめめよう と思ったのが
昨年の夏

2006年に夫
2010年に父
2012年に母を見送って
これから与えられた時間を どう活かすかについて
意味のある 集大成をしたいと

東京の実家に転居して 両親と暮らすことに決めた時
高齢の両親の生活を最優先しながら
できる仕事として選んだのが コーチングでした
友人に「これまでの澄さんの仕事のしかたが
コーチングそのものじゃない?」と言われたのが
きっかけです

そう 確かにそれまで
様々な リクエストに応えて
オーダーメイドでしてきた 仕事の数々
大きなプロジェクトも 個人的な相談も
チームを引き上げる仕事や リーダーシップの養成
個人事業の立ち上げサポートなども

もともと向いていたのでしょう
コーチの資格をとる以前からしていた
メールを使っての対話

コーチの資格をいただく時でさえ
メールでコーチングができるのですか!
と驚かれましたが
複雑なやりとりをするには 最高の方法だと
私は思っていますし 役立てています

さて 冒頭に戻りますが
これまで長いこと
オーダーメイドで仕事をしてきたことには理由があります
これからのブログのなかで
それは色々と 書いていきたいと思いますが
どんなリクエストにでも 応じたい 応じられる
と思っているのは
コーチングの技術を 先に学んだからではありません

もちろん 私が様々なクライアントの方々と
接する技術を身につけたのは
基本的な考えとするリソースを きちんと学んだからであり
それをどんどん応用するうちに たくさんのことに
対処できるようになりました

基本を学んでからの 「量稽古」の積み重ね
どんな技術でも仕事でも 同じですね

幸いだったのは
学びのための学び 稽古のための稽古ではなく
実社会で 複雑怪奇な人間関係や 多種多様の業種
とてつもない個性の数々と くんずほぐれつ
七転八倒しながら 仕事させていただいたことかな (^^;

学んだことは「実行(行動)」「応用」することで
身に付く 役立つ 仕事になる

だから そのリソースを なんらかの形で
あなたが 使える形にまとめたい

それには 夫や両親を看取った体験も踏まえて
あなたが あなたらしく生き
あなたらしい最期を迎えるための
エンディングセラピーという形にすることが
これから迎える 高齢社会にも貢献することになるのでは
そう思ったからです

そしてもちろん それは
今後も様々な形で 実行していきます

でも 私自身が より深い意味での
総まとめを 体系化することの大切さを
この約1年の さまざまな方々との接点のなかで
再確認したのです
それをまとめたのが 3rdAC

ひとつのテーマに絞り込んで
ブログを発信していく そう決めて
このWordPressを 使いこなす方法も学び
これまで 実家に暮らす事にしてから
作成したホームページ以外は
一切してこなかったセールスプロモーションも

今 この時代に相応しい形で やってみようと思いながら
その構築を目指す中で 再び考えるようになったのです

ホームページは今年の7月に リニューアルしました

http://cos-co.com

それは 「学び」とはなんであるかということの原点
たしかにコーチングは 長年の研究の成果を踏まえた
「だれでも取り組める 今の時代に相応しい
マネージメント技術」です
しっかりした理論と その背景に裏打ちされて
安心感と 責任感をもって 社会に役立てられます

けれど どんな技術もそうであるように
適正 不適正もあれば コーチ本人の応用力も
大いに影響します

そして 私がこれまで行ってきたことって
実は他者から「適正 不適正」を指摘されたり
自分から「自分のやり方ではまずいのか?
やはり自分には向いてない?」と思ってしまう
もったいなさを是正すること

つまり 本人の「資質」にむかない
学習の仕方をするのではなく
自分とは「型」が違うモデルを まねするのではなく
学び方 仕事の仕方そのものを 自分の資質に
ふさわしいやり方で それに従って 能力を伸ばす
それに「気づく」ための方法をまとめることが
いま なによりも先に することではないかと
思うに至りました

だからいったい 3rdACってなんなんだよ!」と
感じたあなた

そうか〜 なるほど〜 なぁんとなくわかる氣がする」と
感じたあなた

まだまだ説明が足りなくてすみません
3rdACは あたらしいコーチングの手法というよりも
あなたが あらたなことを学ぶための
あなた自身の「身につけ方を身につける」
もしくは
「これまで学んだことを 改めて理解して使いこなす」
ための「基礎脳力」の見直しと伸ばし方かな

これまで学んだ事の「根拠」がわかるようになります
他者との比較ではなく 自分自身の成長の指針がわかり
他者の可能性に対する視点 視座が拓けてきます

決して 万能薬なのではありません
ただ 今回のように体系化する前にも
この基礎を 様々な場面で伝え 応用していただく中で
ご自分の才能を どんどん開花させていく方
以前よりずっと 生きやすくなったと感じて下さる方々がいます

この9月から
もっとわかりやすい形で
3rdACについてお伝えしながら
どんな形で それをご提供できるかも
お知らせしていく計画を 作成中です

今回はこのまま ブログをアップしますが
このページも 楽しんでリニューアルいたします
エンディングセラピーについてお知りになりたい方は
いつでも お問い合わせ下さい
新たに別のブログを立ち上げる案もでましたが
何本も同時進行できる状態では 今はないので
また 時間の経過とともに 展開していきます

ここまで読んでいただいて ありがとうございます
これからも 読んでいただけると 嬉しいです
少しづつ このブログでも
お役に立てることを具体的に 書いていきますね。

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ホームページをリニューアルしました(1)


ホームページは全カタログ

コーチで講師の 椎原 澄です
昨年の春から1年以上 ああでもない
こうでもないと考えていた
ホームページのリニューアルが済んで
ようやく8日にリリースしました

以前とくらべて かなりビジネス寄り
過去の体験をフル稼働させるべく練り上げた
現cos-comの 全カタログです

メールコーチングのcos-comの
新ホームページはこちらをクリック!

前のHPは
ここで両親と暮らすことにした時に
両親との生活を 優先に考えた中でできる
仕事の形を整えたスタイル…
メールで行うコーチングや ここに来ていただく
ライブセッションを柱に
特に集客を 積極的にしないままだったけれど
なぜかじっくりと 読み込んで下さる
クライアントの方々に 恵まれてきたと思います

ここ(両親の家)に転居したのは2007年の年末のこと
2006年の11月に夫を看取り
何を考える間もなく 千葉県:木更津に転居して
小4から高3までの 一貫教育を行っている
学校のプロジェクトに赴任し
110名ほどの児童や生徒たちとの
切磋琢磨は 楽しかったけれど…

「3年したら一緒に暮らすね」と両親には
言っていたのだけれど…
そして 以前よりも ずっと頻繁に
実家を訪ねては いたのだけれど…

両親ふたりの生活の中で
ふたりが抱えている不安が 見えて来て…

その不安は 決して「死」そのものでは ありませんでした
それよりも不安なのは
どちらかひとりが倒れること
救急車を呼ぶ事はできても その後の入院生活や
退院後はどうするのか
「こんなに長く生きるとは思わなかったよ…」
そんな父のことばを聞いたのが
同居の決め手になったかな と思います

結局まる1年で木更津の学校を辞め
亡夫のお骨を 大分県:臼杵のお墓に収めてのち
東京の両親のところに 転居してきました
一緒に 暮らすのは 実に38年ぶり…

家も娘たちが外にでてしまってから 建て直したので
私には 新しい住処です
自宅周りの環境は ほとんど変わっていませんが…
多摩川の川向こうには  でっかいマンション群が…

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父も母も ほっとしながらも
生活習慣の違いや 考え方の違いなど 心配していた模様です
母が「朝はこうでああで。。。。。。」と話し出すと
「そんないっぺんで言っても わからんよ!」と父
私をさておいてのふたりの会話が おかしかったな

両親と暮らすからといって
彼らの生活を変えるのは本末転倒 私が合わせるのは当然だし
環境の変化には慣れっこです
自分の部屋さえ確保できれば あとは彼らの暮らしのとおり
すこぉ〜しづつ 使わないのに出ているものなどは
片付けたりしましたが…

ひと月もした頃
父が 「ふぅ 慣れるまでストレスがかかると思ったけど
そうでもなかったな」と
言ってくれたのも 嬉しかったものです
大きな安心とは別のところで
「日常の変化」は 高齢者には 大きな負担なのですね

あら ホームページのリニューアルについて
書こうと思っていたのに
つい両親の話題に…
そう エンディングセラピーを考えたのは
ふたりを看取ったからなのですが…
ホームページの話は つづき ということで…

560210

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セッションルームをリニューアルしました


 

部屋の印象が変わりました

エンディングセラピー講師の 椎原 澄です
セッションルームをリニューアルしました

今の住処に転居して7年目
高齢の両親と暮らしを中心にしながら
できる仕事の形としてメール・コーチング
そしてライブセッション

いつのまにか それだけではなく
外での講座や研修 ワークショプなども…

ふたりを見送って早や2年
昨年来 これからの仕事の形を模索しながら
とても必要性を感じて 構築したのが
エンディングセラピーです

高齢者も 見守る家族も
医療従事者も 介護従事者も
どんな環境条件や 大変な現実があっても
日々が「こころ穏やか」であること
精神の自由が 守られ
変化に対する 柔軟な意識を持ち
話し合える関係を作り
その人らしく 人生を全うできるように

これからもじっくり取り組んでいきたい課題です

そして昨年来 ホームページのリニューアルを考えながら
それ自体が まったく私の「振り返り」
まさにセルフコーチングを していました

まるで 膨大な日めくりを
そうとは意識せずに あれこれめくっていたようです

だからホームページの 軌道修正も半端なく
デザイナーの美保さんには
長いおつきあいへの 感謝感謝です

そして どうやらリリースのメドが見えました
7月8日には リリースできそうです
これから私が どんなお役にたてるか
今現在における 集大成のカタログでしょうか

ホームページのリニューアルを考えながら
どうにかしたいな と思っていたセッションルーム
今の住処は 娘たちがいったん 家を出た後に
父が建て直しをした家 父がとても愛した家です
それでも30年以上はたつのかな

そしたら 旧友から こんなやり方を薦められました
このフランス製のペイントJCOLOURです

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これ すごい! 色調 テイストが とてもしっくり
色種も豊富で cos-comのシンボルカラーを2色
あしらって塗ってもらいました
もしもお部屋を変えたかったら ぜひご紹介します
天井と四方の壁を1日で塗り終えて
その日のうちに乾きました 費用もリーズナブルです
さあ これでまた新たにお客様を気持ち良く迎えられます!

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以前鎌倉に暮らしながら やはり仕事の中心は東京でした
でも東京からも たくさんの方が
鎌倉まで出向いて下さいました
そして口々に言って下さったのが
「遠いと思ったけれど 大船を過ぎるあたりから
 意識が切り替わるのが 不思議です
 東京でアクセク考えるより 一回り発想が大きくなる」

今の住処は 都内だけれど
ちょっと郊外のような 静かな住宅地です
同じ都内でも 意識を切り替えるための 舞台装置です
ぜひこれから ホームページのメニューを
ご覧になって いらしてみる氣に
なってみて下さいね
560210

 

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苦手なこと


 

「かないくん展」に行ってきた

 

エンディングセラピー講師の 椎原 澄です
昨日は午前中に初台での講座を終え
午後からの予定だった仕事が延期になったので
渋谷パルコ3階で行われている
「かないくん展」を観てきました

かないくん展
死ぬとどうなるの。
「ほぼ日」の死と生の展覧会

「ほぼ日」の糸井重里さんが投げ掛け
谷川俊太郎さんが ひと晩で書き上げ
松本大洋さんが 2年かけて絵を描いた絵本展
会場デザインは祖父江慎さん

ちなみに 今日6月2日までの開催です

会場に向かいながら 私は考えていました
「これって ブログに書くってことだよな?」
そうなんです
ブログを書く事をクセにしようと思っているのに
いつの間にか 勝手に日時がたっています

メールコーチングを書く事は得意なのに
ブログは不得手
そんな思い込みを変えようと思い
昨年から取り組み始めたのだし
書く事はいくらでもあるのだから

これまでに2回 ブログを途中で
止めてしまっています
だから 今回は止めないように
WordPressで作る という負荷を 自分にかけて
コツコツと 自分で構築しました

なんとか続きそうな気がしています
肝心なのは 「あーやっぱり苦手」と思うのを止めて
「あ〜また書けばいいんだ」とゆる〜く考えることにしたこと

HPとブログとLPやメールマガジンやFBなどの
メディアMIXを念頭において
連動させることを イメージしながら
コツコツと 書いていく事かな

・・・と話がずれてしまいましたが
そういえば 苦手なことって 色々あります

私は展覧会 美術展 博物展また講演会なども
誰かと一緒に観るのは苦手なのですが(誘われれば行きますが)
それがなぜだろう?
なんてことを 昨日は考えていました

そしたら こどもの頃に
「感想文」を書くのが苦手だったことに 似ています
「私は こう感じました」なんて 書くのが苦手
常套句しか 思い浮かばないのが苦手

なんだか 本当に感じていることは
ことばにできないくらい
深いところにあるのに
説明的なことばで 感想を書いてしまうことって
しらじらしい気がする

だから 一緒に観たひとと
観たあとすぐに 感想を言い合うのが苦手

そんなことが 思い浮かんできたので
「それなら この展覧会を観ながら
自分が 何を感じているのか」を
観察してみることにしました

そしたら おもしろいことに 気がつきました

展示されている 松本大洋さんの
下書きや ラフスケッチ
谷川俊太郎さんの 詩や朗読
祖父江慎さんの 会場構成

これを作るのに
一番楽しんだ人 一番大変だった人は誰だろう……

そういえば 松本大洋さんって
工藤直子さんの息子さん?
「ほぼ日」での 谷川さんと松本さんの対話が
おもしろかったな

そういえば 谷川俊太郎と佐野洋子って
結婚していたことがあるんだよな

佐野洋子さんが亡くなったあと
工藤直子さんが 追悼文を書いてらして
佐野さんと工藤さんは 友人だった…

そんな風に連想が
この展覧会とは 直接関係のない
工藤さんと佐野さんへと 流れてしまいます

そして
私が それぞれの意味でとても好きな作家たちが
おもしろい人間関係で 繋がっていたことの
不可思議さを思いながら
最後に思っていたことは
佐野洋子さんの作風とその死のこと…

「かないくんの死」の彼方は
私にとっては それぞれの意味で好きな作家たちの
人間関係と その死だったけど
それはそれで ひとつの物語
いえ ひとつどころか 無限に広がる
無数の物語に なるのだなってこと

展覧会を観ながら
私は「感じていた」のだろうか
それとも「考えていた」のだろうか…

そんなとりとめのないことを
とりとめなく 書いています
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ちなみに「かないくん」とは
谷川さんの小学校のクラスメート

特に親しかったわけでもない友の死が
「死について」というテーマで書いて欲しい
というリクエストから 浮上してくるというのも
やはり死と生は 時空を超えて繋がっているのかな
なんて 月並みな「感想」を書かないと
ブログが書き終わらなくなってしまいました
560210

谷川俊太郎:「二十億光年の孤独」などの詩人
松本大洋:「竹光侍」などの漫画家
工藤直子:「のはらうた」などの詩人
佐野洋子:「100万回死んだ猫」などの絵本作家、エッセイスト

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原風景とエンディングセラピー


 

懐かしい貌 様々な風景

 

エンディングセラピー講師の椎原 澄です

現在 私のサロン「コーチングcos-com」があるのは
東急多摩川線の一角 多摩川の河川にほど近い
静かな住宅街です
2007年の暮れ近く 37年離れていた実家に
高齢になった両親と 暮らす為に転居してきました
そう 20歳まで暮らしていたふるさとです

地方から東京に出て 下宿やアパートに住んでいた
友人たちが うらやましくて
私も ひとりぐらしに憧れて
アルバイトで溜めたお金を資金に
住む場所を決めてしまってから 親に伝えた若かりし頃

その後の37年は ずいぶんあちこちに住みました
数えてみたら 転居は軽く20回を越えます
様々な土地の記憶は また思い出しながら
改めて 書いてみたいと思います

そういえば 私が 中学生か高校生の頃に
父が機嫌良く酔っぱらって 私たち姉妹に
「おまえたち… 大人になって
もしも親に感謝する気持ちが湧いたら
それは親じゃなくて 社会に返しなさい」なんて言ったとき

「えらいこと言う親だな〜 それなら私は
社会にも親にも 恩返ししよう〜」なんて
殊勝ことを 考えた覚えがあるのですが

たいしたこともできないまま
いえ むしろ親には 散々心配をかけて
それでも「親の最期は 私が一緒に暮らすのかな」と
その時の記憶が 実家に 私を運んできたのかもしれません

一緒に暮らし始めてから 父に昔の話をしたら
「そんなこと言ったか?」って すっかり忘れていましたが…

さて 東急多摩川線は 昔は目蒲線の一部でしたが
いつのまにか 多摩川駅と蒲田駅の区間 5駅だけが多摩川線に
目黒駅から 多摩川駅から川を渡って 日吉駅に行くのが目黒線
渋谷駅から 多摩川駅を通り 川を渡って横浜方面が東横線
目黒からも 渋谷からも
他の地下鉄と繋がって 複雑な路線に なりました

多摩川線の沿線は ポッカリと 昔の佇まいが残っています
多摩川駅のひとつ先の田園調布とは 全く趣きの違う
庶民的な 駅前商店街
昭和30年代の映画のロケが 行われる町並みです

家の近所も 昔のままのお宅が大半で
両親と 同世代の方々が 今も暮らしていらっしゃいます
私の世代の娘や息子が出てしまって
ご夫妻や すでにお独りになってしまった方のお宅も

ところでここには 「町内会」というシステムも 残っています
今年は 私が「当番」で 町内会費や 年末の募金集め
回覧板を廻すなども 当番のお役目です

細かく区分されていて 大した件数を廻るわけではありません
でも先日 早速「赤十字の寄付」という毎年恒例の集金があって
何件かの お宅を廻ってきました

私や姉との 小学校の同級生の お母さまなど
お独り暮らしのお宅を訪ねると
ピンポーンとブザーを押しても 玄関のドアが開くまでに
とても時間が掛かります そして私の顔を見て
「まあ。。。。」って 顔を覚えていて下さったみたいで

「ごめんなさいね。。。。歩くのに時間がかかちゃって」

いいんですよ マイペースで
ゆっくり のんびり ご自分の時間を過ごして下さいね…

「ここに名前を書くんでしたわね」
はい お名前と住所が 必要なんです

「私が書きましょうか?」と名乗りでて
玄関先で 書いて差し上げました
そしてちょっとだけ 親のことなど立ち話を

「まあまあ あなたの笑顔が見られて
今日は1日 得したみたいよ」なんてことばをいただいて
うっすら涙を見せられたら…

・・・80代での独り暮らし
どんな過去を暖めながら どんな今後を思いながら
毎日の暮らしを 過ごしているのでしょうか
ちょっぴり切なく 日常で何ができるのかしらと
改めて 考えた昨日でした

多摩川の土手に登ると
川を挟んだ向こう岸は 神奈川県です

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60年代にあった東京オリンピックは
東京の貌を 大きく変えた地域がたくさんあったけれど
このあたりは 街も川も
私が小さな頃にみた 原風景とは 大きな変化はありません

川原敷の グラウンドでは
高校球児や サッカー練習の 声が聞こえます

そして 多摩川の向こう岸は
高層マンションがいくつもいくつも立ちました
富士山が ビルの間からしか 見られなくなったのは
ちょっぴり残念かな

560210

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憲法記念日とエンディング


 

お天気が気持ちよい連休ですね
今日はどんなことしましたか?

 

エンディングセラピー講師の椎原 澄です
憲法記念日とエンディング なんの関係があるのでしょう?
あなたは憲法と聞くと どんなことを思い出したり
感じたりするのでしょうか

私は 昭和30年代に小学生だったので
その頃の先生が 「平和憲法」のことを誇らしそうに
話しておられたのを 覚えています
全世界に先駆けて 戦争を放棄したということは 素晴らしい
先生が誇りを持って こどもたちに 伝えることができるのが
日本の憲法なのだというのが 私の憲法への印象なのです

戦前に生まれた方でも その年齢や過ごされた環境によって
戦前と戦後の違いを 様々な体感として 覚えていらっしゃいます
まだ小さくて敗戦を迎えた方は もう飢えなくてもすむとか
中学以上にもなると おとなたちの豹変を 心に刻み付けたり
自分が軍国少年・少女であったことを 恥じたり傷ついたり

でも そういうことを知ったのは ずいぶん大きくなってからで
私が小学校の頃の父親たちは 徴兵から帰還した方々も
たくさんいらした世代なのに
どこのお友達の家でも お父さんやおじいちゃんから
家庭で 戦争の話を聞いたりしていなかった 気がするのです

けれども「憲法」の違いから言えば 私たちの親の世代は
戦争に駆り出され ちょうど 父と同じくらいの年代が
「特攻隊」という 国からの エンディングを突きつけられたり
上空から飛来する おそるべき殺戮の火球に
なすすべもなく 逃げ惑っていたわけです

あなたは 日本国憲法を 読んだ事がありますか?
この本を知っていますか?
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奥付を見ると 1982年4月20日初版発行
私が持っているのは 同年7月で初版11刷ということは
ずいぶん売れたということでしょうか
たしか数年前に新聞で 復刻版がでたという記事を見ましたが
あまり話題に なっていない気がします

この本 なかなか洒落たことを するではありませんか
とても大きな字でルビが振られ 写真も豊富にはいっています
家庭に一冊 この本があって 
家族で読んで喧々諤々 話せればいいのに

久しぶりに 手に取ってみると 読みやすいし
「前文」は4ページ 700文字にも満たない量で
とても平易な文章で 書いてあることも
例えば親が こどもに読んであげても 
簡単に意味が 説明できそうです

日本語らしくないとか 文化がない
無味乾燥だということを 言う方もいますが そうかな
私には とてもフェアな考え方が 綴られているように読めます

最後のページには 英文でもこの憲法が載っており
また旧憲法「大日本帝國憲法」の全文も載っていますから
なかなか念がいっていますね

そうそう 洒落たことと言えば これは最近のことですが
ある主婦の方が 
「憲法第九条」にノーベル賞を 受賞させようという試み
本当に ノーベル委員会に掛け合って なんと署名を集めれば
候補にあげられることに なったというではありませんか

「憲法第九条」をどのように擬人化したのかな?
というおもしろさを 私は感じたのですが 
日本人全体が 対象となるらしい
もし授与されたら 誰が受け取りに行くのでしょうか? 
なんて想像するの 楽しくありませんか?

「護憲!」とか「改憲!」とかいう騒ぎ方よりも 
ずっとウィットにとんだアイデアだと
思うのですが どうもまだまだ署名が集まらない模様です
署名サイトのイラストが 私はイメージが違うな 
という投稿もしたのですがね

署名ページをリンクしようとしたのですが 
なぜかできないので URLを貼っておきます
http://chn.ge/1dSWvo1 

憲法記念日とエンディング なんだかとりとめが無くなりましたが
何かに強いられたエンディング それはいやだとは思いませんか?

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死生学とエンディングセラピー


 

死に関する量的調査

 

エンディングセラピー講師の椎原 澄です
昨日20日の日曜日は
東大《医療・介護従事者のための死生学》春季セミナーに行ってきました
参加者証を見たら 2009年から通っているので 今年は5年目に入ります
あ 父が亡くなる1年前から 通っていたんだ と気がつきました

昨日は 終日のセミナーでしたが
普段は月に1回 18:30〜20:30 様々なテーマで行われます
2〜3月はお休みだったので
4月16日の 久しぶりの開催にも参加しました
今日のブログは そちらがテーマです

ちなみに当日のテーマは
「日本人の死生観をどうとらえるか──量的調査を踏まえて」
東京大学死生学・応用倫理センター准教授 堀江 宗正さんのレクチャーでした
その日は30分ほど遅刻したら 教室に溢れんばかりのひと
あんなに大勢だったのは 始めてだったと思います

さてあなたは 「日本人の死生観」ってどんなことだと思います?
笑わないで下さいね 当日のレジュメの「結論」には
ーー 死生観に結論なし ーー

そう あなただったら同意して下さると思うのだけれど
「量的調査」をしたからと言って
「日本人の死生観はこうだ」なんて 言えないですよね
でも 大事なことは こういうことに取り組む姿勢
そして 意識の傾向は アンケートの内容から 導き出されます

この調査は 堀江准教授が 自殺に関する研究の一環として
1000人規模のネット調査を行ったものだとのことです

例えば死の恐怖に関しては
全体では「怖い」55% 「怖くない」35%
でも年齢差で見ると 20代では71対19 なのに対し
70代では37対51と逆転したり・・・

また 宗教は信じないが 死後生を信じる層の存在や
延命や自殺に関する 調査も 興味深いものでした

そして エンディングセラピーに 一番関わりの深い設問もありました
それは 「死について家族と話すことに抵抗感が「ない」75% という数字です
ほんと?

ここには質疑応答の時間に 参加者から
「患者やその家族に向き合う現場にいる自分としては実感がわかない」
という発言もあり 発表者もアンケート対象者の違いによっては
数字が異なるだろうと いうことでしたが…
たしかに 「抵抗がない」と言えても 「では実際に行っていますか?」では
また違った 数字になるということも 考えられますね

エンディングセラピーの 目的のひとつは
「家族間 そして家族と医療従事者や介護従事者との間」の
質的なコミュニケーションの 向上です
参加して下さるかたが 増えることを願って また説明会も開催します
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その他にも 話題にすべきことは尽きませんが 今日はここまで
日曜日のことも また書けるかな
560210

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エンディングセラピーをどう考えるか


地球からの卒業と その送り出し方の両方

エンディングセラピー講師の椎原 澄です。
昨日upするはずだったブログです
外出時間になってしまい 間に合いませんでした
昨日upされた文章として 読んで下さいね

昨夜は満月でしたね。

私は このブログを書いているWordPressの
作り方と使い方を学んだ WPMマスター塾で仲良しになった
北薗明美さんのアトリエで お月見でした
昨年から 満月ナイトとして開催していらっしゃるイベントです

麻布十番の9階からみる お月さま
アンデルセンの「絵のない絵本」だったら どんな物語になるでしょうか
昨夜は「なまえ」に関する”ことたま”を 明美さんの解説でお聞きし
それぞれの物語に イメージを膨らませた夜でした

昨夜の満月は 満月の一部が欠けたまま東の空から昇ってくる
「月出帯食」と呼ばれる 皆既月食だったそうですね
やがてまんまるい月になり 数時間の間に 上空高く昇っていました
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さてさて 月をみていたら エンディングセラピーってなんですか?
そんな質問に 「地球を卒業するお手伝い」
というのはどうかしら? と思いつきました

満月の日は 行動できない理由や いらないブロックを
手放す力が強いのだそうです
特に月食&てんびん座の満月に 解放できるパワーが高いとか

肉体を 手放すこと そこに至るプロセスを
ていねいにサポートしていけたらと 思います

あなたは お誕生日が好きですか?
お誕生日がくると うれしいですか?
私は どんなに高齢の方でも お誕生日と聞くと
心がピョコンと嬉しくなります おめでとう! と言いたくなります

どうしてだろうと考えていて
ある時「お誕生日は 地球にデビューした日」という表現に出会いました
そうだそうだ!地球にデビューした日だから嬉しいんだ!
どこでその表現に出会ったのか 私はできるだけオリジンを大事にするのだけれど
覚えていません それでそのまま 使わせていただいています

でも これまで「地球を卒業する日」という表現は 見たことがないので
これは堂々と 使おうと思います

地球を卒業して どうなるのかはわかりません
でも 地球にデビューして 色々あったけど 出会ってよかった
大変だったけど ありがとう って言えたらいいのかな
言えなくても それぞれに 何かの思いが持てたらいいのかと思います

見送る側と 見送られる側の スピリチュアルなコンタクト
そこをサポートするのが エンディングセラピーかな と思います
でも いわゆる看取りのみを指しません
「いつからでも はじめられる」・・・です

手放すことと 受け入れること 受け入れることと 手放すこと
誕生から死まで 私たちは 様々なかたちでこの反復を していると思いませんか

亡夫が 亡くなる1年ほど前でしょうか
「そうか 男だから何かを形に残すことばかり考えてきたけど
それぞれの心に 何かが残ればいいんだ」って 言ってました
とっても穏やかな表情で 満ち足りていましたね

そうだね ちゃんとみんなの心に遺っているよ
知人友人と 話題にできることが いっぱいあるよ
いろんな感情を呼び起こす 嵐のような人だったねって……

560210

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介助する人、介助すること


年の初めと4月になった時、
どちらが「スタート」の気分ですか?

エンディングセラピー講師の椎原 澄です
4月になりましたね 消費税もあがります
さあ 仕事しなくっちゃ

あ 消費税があがるから 仕事しなくちゃと 読めましたか?
そうではありません 私はどちらかというと
年の初めよりも 4月がスタートという気持ちになるみたいです
1〜3月は どちらかというと じっくり準備の期間
毎月第4土曜日の午後に行う cos-com塾の準備もコツコツと…
4月で切り替えて 新鮮な気分で 新たに歩き出したい気分です

さて タイトルの「介助するひと 介助すること」は
3月22日に観に行った 演劇発表会のタイトルです
メールコーチングのクライアントさんが 出演する演劇
とは言っても プロの劇団ではなく
世田谷パブリックシアターが企画制作する
公募によって集まった方たちが 数ヶ月のワークショップとのこと
「地域の物語」というタイトルで 様々なテーマで行われ
今回は「介助するひと 介助すること」がテーマとのことです

「介助と介護 その違いはわかりますか?」
その問いかけから始まった舞台ですが
セリフは軽快で 飛んだり跳ねたり 踊ったり
台本を覚えて芝居をするのではない
生成過程が想像できる 面白い試みでした
ワークショップのプロセスで 入れたいのに断念したことが
きっとたくさんあっただろうなあ

舞台終了後の 出演者進行役の数名と観客席とのアフタートークでも
そんな話題がありましたね
観客席には 車椅子の方々も多く 劇中モデルになられた方の
「自分から話せるようになった時に 皆のものになる」
という言葉が印象的でした

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障害のある方への介助が
「介助される側の主導」でなされるようになるまでには
介助は人間の尊厳を基本においた
自立した社会生活を送るうえでの必要な能力をサポートという
社会の理解を得るまでの 大変なプロセスがあったことですし
まだまだ一般的には
介助する側の論理が優先していることも 少なくありません

高齢者の介護においても
介護される側の精神文化を大事にすることが
老いや認知症を遅らせるということは
エンディングセラピーの中でも とても大切にしています

はやく書こうと思っていたのに
観劇してから一週間以上が過ぎ 記憶も大分薄れてきました
今日書いたことは 今の時点で私に残っているエッセンスに過ぎません

そう思って いっぱいメモ書きしたはずのプログラムを
ひっぱりだして写真を撮りました
そしたら私のメモ書きではなく 印刷されたことの中に
嬉しいことを発見!!

「ワークショップの流れ」というページに
「障害者もつらいことだけではない笑顔の大切さを知った」の文章
もちろん内容も素敵ですが
「障がい者」ではなくて「障害者」の記述です
進行役プロフィールの中にも「障害者」の記述があるということは
意識的に使っているということですね

私もかねがね「安易な言葉の書き換え」が大嫌いで
さらには「漢字とかなを入り交じらせる」なんて美しくないと
心から思っています
この文の中に 障害と書いてからの発見だったので
ちょっと嬉しくなってしまいました
こだわりを持つ事って 大切なことだと思います
こだわりについて対話できたら もっと素敵です

短いけれど 今日のブログはこれでおしまいです
春の日差しの中から 小さなお地蔵尊のごあいさつを贈ります

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560210

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来年の桜


 

昨日今日 ご近所の桜は どんな風情ですか!

 

エンディングセラピー講師の椎原 澄です
暖かくなってきました 今日は春一番との予想も?

桜の並木 まだ莟もはっきりしないけれど なんとなく
木々の周りにうす~い 桜色のもや~とした気配の頃が好きです
写真ではわかりにくいかしら
cos-comにほど近い 多摩川の桜も 毎年見事ですよ

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桜の見所は たくさんありますね
あなたが 好きな「桜」はどこにいますか

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亡夫も桜が大好きで
青山墓地 千鳥ヶ淵の桜
仕事の途中 車からちょっと降りて散歩したものです
鎌倉の段葛も なつかしい桜です

「来年の桜は 見られるだろうか…..」
入退院を繰り返したり 高齢になった方も
なんとなく つぶやかれる言葉です
日本人の 心情なのかもしれませんね

聞く側は 少し切ないですね
あなたなら なんと返答してあげますか?

成功は5分5分と言われた
夫が最初の手術をしたのも 桜の季節でした
散らずに間に合った退院の日
なるべくたくさん桜の咲いた道路を通りながらの帰宅途中も
やっぱり夫も このセリフをいいましたっけ

大丈夫 亡夫はその後6回も 桜の季節を過ごしました
川べりのたわわな 桜の下をゆっくり歩きながら
俳句を作りあったりしたこともあったっけ

話は飛びますが
Dr.エリザベス・キュブラー・ロスのことを
私は 講座やコーチングで時々話題にしています
最近の医学界ならびに死生学でも すでにロス博士は古典と言われ
あの5段階説(※註)は古い 現在はあの段階をそのまま踏むのではなく
「何度も行ったり来たりしながらが常識」と
おっしゃる方の 話もお聞きしましたが
「このプロセスは何度も繰り返す」ということは
ロス博士の著書に 何カ所にも明記されていますし
患者のみならず 取り囲む家族もそのプロセスを辿り
お互いのプロセスが 噛み合っていない時のサポートが
とても大切だと ロス博士がしてきた取り組みは
忘れられてほしくはありません

5段階説だけが独り歩きしてしまうと
「あの人はまだ受容出来ていないのよ」というケアする側の
視点の曇りにつながる という否定の仕方もあると聞きました

でもこれって
「5段階」を知識として「他者を一方的に判断する材料」としてみるのか
「5段階」を知恵として「他者をケアするための自分自身の指標」にするのか
それによって 大きく違ってしまうのではないでしょうか
エンディングセラピーはもちろん 後者の姿勢で取り組んでいますとも(^^)

桜とは 関係のない話題のようですが
やはり 夫が初めてガンの告知を受けた時の事と 
上記した桜の風景が 私の中では 重なるのですね
ふたりで並んで 医師の診断を聞きながら なぜかふたりとも
「否認」は沸き上がったきませんでした
その後の対話の中で 夫からは
「俺にはキュブラー・ロスの5段階説 関係ないな」という言葉もでました
でもね 色んな形で現れましたよ 彼にも 私にも
私はやはり 知っていてよかったなあ と思ったものです

※註:死の受容の5段階説

エリザベス・キュブラー・ロスが著書「死ぬ瞬間」で発表したもの
自分が助からないとされる病気であることが分かった時から
それを受け入れる過程を表したものですが、すべての人がこの経過を
辿るわけではないということも書いています。
否認:そんなわけはない、間違いでしょう?
怒り:なぜ私が!どうしてこんな酷い事に!
取引:せめて息子が成人するまで。なんとか娘が戻ってくるまで….etc.
抑鬱:どうせもう何をしても間に合わない、自分は何もできない。
受容:事実を受け入れ、それまでをどう生きるかを考え始める

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