一般社団法人事業創造協議会のLPです!


サードアンサーコーチングの椎原です。

うむむむむ。。。
前回ブログから2週間の日々が過ぎ去っています
怠けていたわけじゃありません
ぜひこちらを見て下さい
そして、シェアしていただけたら幸いです
アフィリエイトになって下さったらもっと幸いです
昨年来のチーム編成の成果です
チームの力は すごい

ついにリリースしました
立ち上げた社団の初のLPです
無料オファーの「チェックリスト」
力いれました〜
読み応え あるはずです
45歳男性のあなた

とにかくまずはみて下さいませ
FBへのコメントも よろしくお願いします。

カテゴリー: 未分類 | タグ: , , , , , , , | コメントをどうぞ

チームは機能する


サードアンサーコーチングの椎原 澄です

そう ずっと「組織」が嫌いでした

1970年代 はじめて就職する時
組織(企業)よりも 仕事を選びたくて
グズグズしていた時は 
運良く先生に 声を掛けていただいて
仕事に就けた 雑誌の編集部
今 考えてみれば 組織というよりも
チームでした

午後5時になると 編集長が
引き出しの取っ手で ビールの栓をポンと抜いて
「さあ これからが仕事だ!」

最初の結婚をしたのも
家庭を作る のではなくて
「一国一城の主になりたい!」と彼が言ったから
作った デザイン工房も 
アウトソーシングできる プロに囲まれ
ビジネスごとの チーム編成
会社を大きくするよりも 仕事を選べたのが
幸せでした

時を経て セミナーハウスを作った時も
人の出入りは 多かったけれど
枠付きの 組織には しなかった

同志だと 言ってくれたカナダ人たちと
ワイワイガヤガヤ プロジェクトを立ち上げたけど
カナダに行って 向こうの組織を見たときに
「何かが違う」と感じて コミットをやめました
でも いい仲間たちでした!

亡夫の会社に コミットしたのは
日本で中小企業を経営するのに まるで向かない彼が
やはりデメリットばかりを 被って
それでも パラダイムを換える という意気込みと
仕事があって人を集めるのではなく
最初に人がいて 仕事を作り出す
という挑戦を していたから

バブルがはじけた90年代は 
企業が作り出して 行き詰ったプロジェクトに
助っ人プロデューサーとして 関わる仕事が増え
企業内部の方々に 「多国籍軍」の人材チームを
加えて プロジェクト・チームが機能しました

そう 「組織が生き延びるため」の組織構造は
いつのまにか 「人」をないがしろにすることに
気付かなくなる

「解散が前提で 一緒に目的を達成するため」の
プロジェクト・チームは
ひとりひとりが 自分の役割を自覚し
コミュニケーションが 活性化して
すてきなリーダーシップが 育ちます

理論を学んでの 行動ではなかったので
数多くの 失敗 離合集散 
出会いと別れも ありましたし
逆に インターネットもない時代に
どうして あれだけの 同志的な仲間が
出会えたのかという 不思議もあります

夫を看取った後に 勤務した学校では
外側からのプロデュースではなく
インハウスの一員として 働くことの大変さ!も
笑っちゃうほど 体験しました

両親を看取って ここ数年
ひとり起業では 果たせないなにかを
模索して きたように 思いますが
昨年 であった6人のメンバーと
まずは「医療・介護の環境を良くしたい」という
目標のもと チームを編成していくうちに
取り出して再創造した 組織嫌いの組織論
「マトリックス人間学」と名付けた講座です

目的は 形骸化・硬直化しない事業を通して
しあわせな 人間関係を 創出していくこと

決して「同心円型」の 内向きで 排他的な組織には
ならないでいけるでしょう

「マトリックス人間学」は 戦略としての手段であり
やがては 講座がなくても 
関係性が 紡ぎ出せるように なればいいのです

IMG_0338

30年前には 「すごい理想!」と絶賛する人
「そんな人間関係 三千年早すぎる」と言った人
でもね あれから 上記のような沢山の仕事の中で
なんとか 生かしてきた 実感があります

亡夫を看取った時の 医療チーム
両親を看取った時の 医療・介護チームにも
「マトリックス人間学」の話は しなかったけれど
「共通の目的」=医療をする側も受ける側も
できるだけ「快適」であることを 
協働して くださいました

組織嫌いの組織論
今年 一般社団法人 事業創造協議会を立ち上げたのは
この「マトリックス人間学」を 自分のものにし
それを 自分の事業のみならず
様々な 事業・プロジェクト・組織改革・チームワーク
コラボレーションに 活かす方々が  
これからどんどん 育つと 確信したからです

新しい組織の動かし方 人の活かし方を
試行錯誤を経ないで 認識してから 
役立ててほしいと 思っています

今秋から 講座を開講していきます

カテゴリー: 未分類 | タグ: , , , , , , , , , , , , , , | コメントをどうぞ

合宿研修をしてきました


サードアンサーコーチングの椎原 澄です。

週1回のブログ更新 今週は水曜日になりました
そのわけは?

7月1日から 名古屋で合宿研修
そして 懐かしいファミリー宅を訪問
ビジネス展開も 6日に終えて帰京しましたが
昨日は 終日 外出でした

合宿内容は 一般社団法人事業創造協議会で
今後展開する 事業のための
マトリックス人間学
それぞれと協議会の 航海図
そして関係性の コンステレーションと盛りだくさん

11665670_917987648274726_25260013265504384_n

夜はバーベキューを囲み
広々と環境の良い 研修施設で
のびのびと 意識の開放と 
深々と 時の潮目を感じながらの 充実でした

参加の皆さん お疲れさまでした!

IMG_0329

日曜日は 別のファミリーと
知多半島まで ドライブ
曇り空だけど 強い日差しより大助かり
全く異なる生活を 送っているのに
やはり 変化の兆しを共有できました
彼らの未来も 楽しみです!

IMG_0350

そして月曜日の帰京日は
昨年来の知人事務所へ
こちらも 8年来の「同心円」の構造を離れ
新しい取り組みの ステップ中
面白いコラボが 生まれるかもしれません

ゆるやかに 無理なく
プロジェクトが 始動しはじめました
「個の確立と共生」
1980年代から 掲げているこの言葉を
改めて 実感できそうな これからです

560210

カテゴリー: 未分類 | タグ: , , , , , , , | コメントをどうぞ

一般社団法人 事業創造協議会


サードアンサーコーチングの 椎原 澄です

一般社団法人 事業創造協議会は
昭和の空気の 落ち着いた町で
ロゴも昭和テイストの「協議会」です

でも「懐古」でも「回帰」でもありません
30年以上も前から その頃の仲間たちと
考えたり まとめたり 実践してきた構想が
未来のために ようやく機能しそうです

IMG_0323

昨年の暮れから 7人のチームメイトと
今年は そこに2名が加わって
「一般社団法人 事業創造協議会」の
根っこを 育ててきました 

5月に登記も終わりましたが 
まずは 地道な活動です

30年以上も前から 考えてきた構想を
今にふさわしく 編集しなおし
未来へのスタイルとして
「マトリックス人間学」と名付けました
組織論ではなく 世界観です

いろんな感想をいただいています
「永久機関ですね」
「富の再配分?」
「資本主義を超える世界観」
ホントかな (^^)
でも いろんなプロジェクトを 
生み出して いけそうです

「マトリックス人間学」は
講座として学んでいただくことで
この「構造」をしっかりと身につけ
教育プログラムとして 
ご自分の事業と結びつけて プレゼンができます
チームメンバーも皆 自分の「事業」を持っています

これまでお伝えした方から
「協会」ではなくて「協議会」にしたのは
なぜですか? という質問をいただきました
協会ビジネスがモデルではなく
「協議し続ける仲間であるため」と答えました

各種の講座 のみならず
文字通り 職業能力の開発と自立・協働支援を
様々な事業として 行っていきます

具体的なことはまた 追ってお知らせしていきます

560210

カテゴリー: 未分類 | タグ: , , , , , , , , , , | コメントをどうぞ

コラボ講演会でした


サードアンサーコーチングの椎原 澄です。

昨日は 
株式会社ジェイ・コミュニケーション・アカデミーの代表で
アルファビクス考案者の 治面地順子先生

湯島清水坂クリニックの院長で
薬を使わない精神科医の 宮島賢也先生

新潟大学名誉教授で 免疫学の安保徹先生の 
恒例3人コラボ講演会 今年で4年目になりました

治面地代表は 還暦の歳に 
筑波大学の大学院に挑戦して
会社の代表で多忙ながら 6年でスポーツ医学博士に…
ご自身が考案した「アルファビクス」の有効性を
医学データからも 裏打ちしています

宮島先生は 医師になってから発症した”うつ”で
一生飲み続けるように言われた”薬”に疑問を持ち
7年間飲んでいた薬から離脱したことを契機に
メンタルセラピストの養成を志し
治面地代表の会社で 講座を担当されています

安保先生は いわずと知れた
「免疫革命」その他 多数の著書と講演で
自分の免疫力を目覚め 高めさせることを 
提唱されています
 
私も治面地代表の会社で 講座を受け持っているので
毎年 会場でちょっとだけ お手伝いです
今年の会場は 湯島の全国家電会館
130余名の 来場者が 来てくださいました

3人の先生の「共通項」は 
自分の心と身体は 自分で管理できますよ ということ
それぞれの立場と体験から とてもわかりやすく
穏やかで 暖かい空気を作って お話しなさることです

11201900_779812662132961_3985567638928992543_n

講演の後は これも恒例の懇親会です 
総勢10名で 沖縄料理と泡盛りの席でも
大笑いの連続 これなら免疫力もあがりますわ

そして安保先生からの「最低10年は続けよう!」の
エールで 来年の日程まで 決まってしまいました
素敵なコラボが ずっと続きますように

IMG_0318

お茶目でLovelyな安保先生とツーショット

560210

カテゴリー: 未分類 | タグ: , , , , , , , , , , , | コメントをどうぞ

役立つ本


サードアンサーコーチングの椎原 澄です

昨日は初台での 月2回の単発講座
アドバイスをしない「メンタルアドバイザー講座」でした

講座の最後に 参加者から質問が…

「多分ノウハウ本はお薦めにならないと思いますが
これだけは という本があったら教えて下さい」

・・・乱読の私は ちょっと回答に困りました

30代の前半に 繰り返し読み ほとんどの著作を
持っている本はあるけれど・・・
ちょっとこの講座の方々には 不向きかな

「そうですね。。。専門書よりも
著者と対話しながら 読めるような本が良いと思います」

「著者との対話・・・ですか」
具体的な一冊を 答えられなくてごめんなさい

それで今朝 自分の本棚に向かって
目を瞑って 背表紙を撫でながら
今日はこれかな? と思った本を 抜き出してみました

引っ越し毎に 本は大量に処分するので
木更津から こちらに転居の時も 
本当に持ってきたい本だけ
壁ひとつ分の棚で 収まっています

抜き出した本は
往復書簡「露の身ながら」
免疫学者 多田富雄さんと
遺伝学者 柳沢桂子さんの書簡です

わあ 懐かしい と思ったものの
奥付をみると2008年8月 第1刷
なんと 東京へ戻ってから 買った本のようです

病気知らずだった 多田さんが
脳梗塞で 一夜にして半身不随となり 
声さえも 失ってしまった 
その約1年後からの往復書簡

左中大脳動脈穿通枝の塞栓による麻痺
利き腕がだめになり 右足が萎え 
歩行も 字を書くことも不可能
ただし 知能は冒されず
記憶も 思考能力も以前のままでした
・・・とご本人が書かれています

いえ 以前のままどころか 
唾液すら飲めず 医師の意のままに送った2ヶ月 
経管栄養を経て 口で食べる苦痛 舌や喉の衰え
声も出せない構音障害の身から
自分の命 生・死はひとりだけの所有物ではない
と実感し その後の機能回復への 
発想が 素晴らしいのです

IMG_0317

神経細胞は 再生しないことになってはいるが
生き残った神経細胞が バイパスのようにシナプスをつくり
失われた機能を 代償するようになる
だとしたら リハビリは そういう機能の獲得のためで
もともとの機能を回復するよりも 
もっと創造的な治療だと 気づいて
新しい機能の獲得の過程を 見てやろうと決めます

医学的には第1級の障害者
その多田さんが 左手でワープロを打ち
そして始まった「往復書簡」なのです

一方の柳沢さんは 遺伝学者として前途洋々の時期に
原因不明の難病を発病 激痛で動けないのに
どの医者からも 病院からも「原因不明」「病名がない」
病名が無いということは 医学的には「病気では無い」
という屈辱的なまでの 体験をなさった方です

発病から30年以上経ってから
低髄液圧症候群である 可能性がわかり
この往復書簡を始める頃は 車椅子で行動ができるほどに
なっていらした 柳沢さんが読み解いた
「般若心経:生きて死ぬ智慧」は 美しい本で 
母にプレゼントしたことまで 思い出しました

IMG_0312

そして もうひとつ思い出したこと
それは 多田さんの発病 
それから やはり発病されていた 
社会学者の鶴見和子さんにとっても
「リハビリ」が必要だった頃が
「医療制度改正」で 3ヶ月毎の転院を
余儀なくされることになった 時期だったのを
痛ましい思いで 私はニュースをみていました

父や母の高齢期を支えるために 
知っておかなくてはならないことは 知っておこうと
亡夫の生命の時間も 共有しながら 考えていたものです

多田さんのように 柳沢さんのように
どうにもならない状況に見えながら 発想の転換ができるほど
私たちは 強靭ではないかもしれません
でも 人として「知る」喜び 「学び活かす創造性」は
誰にでも 備わっています

「認知症」についても 私は「知る決意」をしたことで
両親にも 役立てられたと思っています

書き出しとは 別の展開になってしまいました
でも 小説でも エッセイでも 
著者に話しかけてしまう 読み方が 
役立つことは 本当です

カテゴリー: 未分類 | タグ: , , , , , , , , , , , , , , , , , , , , , , , , , | コメントをどうぞ

いつ 何を どうするか


サードアンサーコーチングの椎原 澄です

実際にあったことです 1990年代のこと
ある2世代が 暮らしている家がありました
息子夫妻とその子どもたち 息子の両親が暮らしていました
20年と少し 特に大きな揉め事もなく暮らしてきたのですが
末の子どもが大学に入ったのを期に 息子の奥さんが
介護の勉強を はじめました

「それはいいことね」 義理の母もそう言って
自分の友人に 「⚪︎⚪︎ちゃんがね 今度介護の勉強を始めたのよ」
義母もその友人も「あら ご両親の老後に備えてかしら 偉いわね」と
なんとなく 思っていたのだそうです

息子の奥さんは 勉強熱心で実務にもつき 
ケアマネの資格まで とるようになりました

ところが…
あなたはご存知でしたか?
もしも高齢者に介護が必要になって 介護保険を使用する場合
「家族が同居」していることで 受けられるサービス内容が変わります

「自分の時間」がどんどんなくなる という意味です

つまり 息子の奥さんは 義母たちに介護が必要になった場合には
「同居の家族」とみなされて 介護保険が使える範囲が変わるのです
それに ケアマネとして 采配を振るうこともできません

それに…
息子の奥さんが ケアマネの資格までとって 
仕事をするようになったのは
実は 離婚話が進んでいて 自立・自活のためだったのです
結局 息子とその奥さんは円満に別れ 奥さんは自立しました

ご両親も 息子もその奥さんも お互いに思いやりのあるいい人 です
この話のどこが あなたは気になりますか?

制度がおかしい?
一緒に暮らしてて お互いを知らなすぎる?

では もうひとつ 似たようなお話です
あるキャリアウーマン 実家を離れてずっと生活していましたが
40代になってある日 プライベートなことと仕事のことも重なって
自分の将来を見直していた その時期に
実家の父が倒れたと 母親から連絡がありました

それから半年 足繁く実家にも通い
今まで自分のことのみで忙しかった自分を反省し
母の不安そうな様子や 昔とは様変わりしてしまった父をみて
「仕事を辞めて同居する」と 決めたのです

そして住民票も移して 実家に戻ったのち
昔の友人に出会って 懐かしく話をし 
実家に戻ってきた事情などを話すと。。。

「あらあなた 住民票も実家に移してしまった?」と友人
「あのね 別居の形にすればよかったのに」というのです
上記の理由と同じ 同居する家族がいると 
介護保険の適用が変わるからです
「でもこれも 私が体験してみてわかったことなの」

高齢者との別居の勧めではありません
そして「制度」は猫の目のように 変わります

制度のことのみならず 介護の問題のみならず
これだけ情報が発達しているように見えながら

「どういう時に」「どこに必要な情報」が あるのかを
まだまだ 知らないケースが 多いと思います

特に「誰にでも高齢期と死は訪れる」のに なんとなく先送り
その時になって 様々な不整備や 不具合 
できることとできないことに 翻弄されないようにできないか

親の介護をすることになったとき
まっさきにすべきことは なんですか?
これにさっと答えられるかたも まだ少ないです

母を看取ってから約2年 社会を改めて見回しながら 考えてきて
今回 一般社団法人を立ちあげることになった
私の 小さな背景のひとつです 
大きな背景も いろいろあります(^^)

560210 

カテゴリー: 未分類 | タグ: , , , , | コメントをどうぞ

ようやく準備ができました


サードアンサーコーチングの椎原 澄です。
このたび もうひとつタイトルが増えました。

一般社団法人 事業創造協議会の代表理事の椎原 澄です。
ようやく 新しい活動の基盤を立ち上げました。

試行錯誤というよりは 2001年以降
ビジネスを最小限にしながら
・・・という割には色々やってましたが(^^;
夫と両親を看取り 最後に母を見送ってから
改めて どんな形で事業をするのが相応しいのか
この10数年で「変わったこと」と
「変わってないこと」はなんなのかと・・・

世間や ひとや 社会をウォッチングしながら
「あたらしい関係性の在り方」を模索していたと
いうところでしょうか

昨年の秋に おもしろい出会いがあって
6人で作っていたチームに 巻き込まれました
・・・私が6人を巻き込んだという方もいますが(^^;

昨年の夏にコミットした「哲学するコミュニティー」の
メンバーの方々です
作っていたチームは
いまの医療・介護の現場を換えていきたい!
と考えている有志たち

私が「アウフヘーベンできる仲間たちである!」と
感じてしまった次第です

そして・・・
ようやく「一般社団法人として行動する」までの
「それぞれの内的確信と新たな関係性の可能性」の
プロセスを経て
5月11日に法務局への登記も済みました
7人のチームにもうひとり 事務方を
名乗り出てくださった1名をいれて8人のチーム

そして それを渦巻き状に 取り囲む多分野のプロたちや

⭐︎これから何に 一番時間を割きたいか?
⭐︎一番 手に入れたいものは何か?
⭐︎自分が「役立てる」としたら 誰のために?何のために?

などなどを 考えていらっしゃる方々との
接点を見出して行きます

それぞれの専門性や個性を 事業に反映させつつ 
ひとの「役にたつこと」を目指して
新たな航海がはじまります

これだけではなんのこっちゃかわからない方
なんか 内うちの仲間なんじゃないの?
と 思われた方 すみません

まだホームページも公開FBも立ち上げていませんが
ゆっくり でも多分加速的に
いろんなことを公開していきます

最後に「なぜ協議会なのですか?」という
質問をいただきましたので
「協会ビジネス」ではなくて
いつでも有機的に「協議」しながら進める
様々な分野での 「個の確立と共生」への事業体です
とお答えしました

その関係性を示す「マトリックス人間学」=有機的組織論や

エンディングセラピーを進化させた
「認知症ファミリーセラピスト養成」などが
初動期の 協議会の事業です

今後は少しまじめにブログも書きます
読んで下さって ありがとうございます

560210

カテゴリー: 未分類 | タグ: , , , , , , , , | コメントをどうぞ

緊張と集中


サードアンサーコーチングの椎原 澄です。
2014年の年末から2015年の年始にかけて 友人知人たちの多くが体調を崩されました
すでに皆さん 復活していらっしゃいますが 
あなたや あなたの身の回りの方はお元気ですか?
今回は「年齢に関係なく元気でいるには?」を思い出したお話です

「無理のきかない年齢になってきました」 おっしゃる方もいますが
それを聞くと必ず「思い出す言葉」があります
1996年だったと思うのですが 亡夫が50代の半ばで
MSNのエグゼクティブ・コンテンツ・プロデューサーとしてヘッドハントされ
半年間の超激務を経て コンテンツをリリースした直後にダウン・・・

20代でベトナム戦争の最前線で取材していた時も
40代で起業して とんでもない体験を経ても
発症しなかった結核が 発症してしまったのです
どれだけMSNの仕事が 過酷だったかということでしょうか?
年齢のせいでしょうか?
実は私は「空調」のせいだったと思っているのですが

亡夫は60代になってからガンを発症した時には 自分がガンであることを
どんどん言っていましたが 結核になったことは言いたがらなかったので
ここで書くのはちょっと躊躇しましたが 彼が言えなかったのは理由があります

彼の父親は彼が生まれた直後に徴兵され 彼が2歳だった時に日本の病院で戦病死
その1年後 母親も同じ病で没してしまいました
当然 結核のわけですが 幼い子供たちに 周りは それを伝えなかったのですね
もちろん 子供を思ってのことでしょうが それだけ「恐ろしい病」だという時代
それが 幼い心に染み付いてしまったのでしょう
2階に寝ていた母に 会わせてもらえなかった と言っていました
亡夫が父母の病名を知ったのは 自分の結核が治癒してからのこと
まだご存命だった 両親の仲人さんに はじめて直接尋ねてのことです

「思い出すことがあります」から 話がそれてしまいました
その言葉とは 夫が入院した病院の院長の言葉です
「あなた(夫のこと) 部下の人たちと自分が同じくらいのつもりだったでしょう
 自分の肉体と頭の中が 一致しなかったのね 」

確かに… 率先垂範といえばカッコいいですが 
その半年間は夫が「一息いれる」とか「気を抜く」姿をみたことがありませんでした

幸い夫の結核は感染力の弱いタイプでしたので その後半年間の入院期間
病室をSOHOにして 会議をしたり オンラインで仕事をしていました

でもね ここで言いたいのは単純に 年齢に応じて身体を労ろうということではないんです

私が社会に出る前に 編集の勉強をしていた頃 講師の方々は教える専門家ではなく
実践の場で 活躍されている方々ばかりでした
「編集の仕事は時間も仕事内容も変則的で気も抜けない しかも面白いものだから
 身体のことを忘れてしまう人も多い それで諸君に伝授しておきたいのは
 緊張と集中は違うということなんだ」

・・・これ 今でも私の疲労回復の秘訣です

私の疲労回復の秘訣は 遅い時間の帰宅のときでも 電車に乗ったら
「面白い本」をさっと取り出して 「集中」します
乗り換えの時でも 読みながら歩くので 四方3メートルくらいは
気配を感じ取ることができます(歩きスマホはしません)

集中してるけど 緊張はしていない 身体はリラックスです
帰宅するころには かなり疲労が回復しています
車だと そういうわけにはいきませんね

電車の中とは限りません 疲れたらピアノに向かうという人もいるし
お茶を丁寧に入れる もあります 
そういえば亡夫は 庭いじりしているとくつろいでいました

すっとその世界に入っていける「集中」できるもの
それがあるだけで「取り越し苦労」からも 解放されますよ

560210

カテゴリー: 未分類 | コメントをどうぞ

選挙について


サードアンサーコーチングの椎原 澄です。
ずっと以前のことですが 何かの会合で
「政治で世の中には変えられない!」という話題が出た時に
「そうです!だから私は投票に行かないんです」という方がいて
ビックリしたことがあります

「今の政治では 本来の望むべき変革はもたらし得ない」から
「投票に行かない」ということは 全く別問題ですよね

50%が棄権をしたら 残りの25%で事が決まって行くことが
国民の総意なんて 言われたくないと思いませんか

付和雷同しない 独立した立脚点を持って発言できる方々も
増えているようには感じますが
多すぎる情報にまみれて 聞こえてこないことも…

たまたま友人からもたらされた情報を2点掲載しますね
どちらも主催者は直接存じ上げません

image1

それからこれ
http://www.realinsight.co.jp/2015japan/lp/fb4.html

自己判断のご参考になさってください

カテゴリー: 未分類 | コメントをどうぞ