来年の桜


来年の桜 

昨日今日 ご近所の桜は どんな風情ですか!

 

エンディングセラピー講師の椎原 澄です
暖かくなってきました 今日は春一番との予想も?

桜の並木 まだ莟もはっきりしないけれど なんとなく
木々の周りにうす~い 桜色のもや~とした気配の頃が好きです
写真ではわかりにくいかしら
cos-comにほど近い 多摩川の桜も 毎年見事ですよ

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桜の見所は たくさんありますね
あなたが 好きな「桜」はどこにいますか

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亡夫も桜が大好きで
青山墓地 千鳥ヶ淵の桜
仕事の途中 車からちょっと降りて散歩したものです
鎌倉の段葛も なつかしい桜です

「来年の桜は 見られるだろうか…..」
入退院を繰り返したり 高齢になった方も
なんとなく つぶやかれる言葉です
日本人の 心情なのかもしれませんね

聞く側は 少し切ないですね
あなたなら なんと返答してあげますか?

成功は5分5分と言われた
夫が最初の手術をしたのも 桜の季節でした
散らずに間に合った退院の日
なるべくたくさん桜の咲いた道路を通りながらの帰宅途中も
やっぱり夫も このセリフをいいましたっけ

大丈夫 亡夫はその後6回も 桜の季節を過ごしました
川べりのたわわな 桜の下をゆっくり歩きながら
俳句を作りあったりしたこともあったっけ

話は飛びますが
Dr.エリザベス・キュブラー・ロスのことを
私は 講座やコーチングで時々話題にしています
最近の医学界ならびに死生学でも すでにロス博士は古典と言われ
あの5段階説(※註)は古い 現在はあの段階をそのまま踏むのではなく
「何度も行ったり来たりしながらが常識」と
おっしゃる方の 話もお聞きしましたが
「このプロセスは何度も繰り返す」ということは
ロス博士の著書に 何カ所にも明記されていますし
患者のみならず 取り囲む家族もそのプロセスを辿り
お互いのプロセスが 噛み合っていない時のサポートが
とても大切だと ロス博士がしてきた取り組みは
忘れられてほしくはありません

5段階説だけが独り歩きしてしまうと
「あの人はまだ受容出来ていないのよ」というケアする側の
視点の曇りにつながる という否定の仕方もあると聞きました

でもこれって
「5段階」を知識として「他者を一方的に判断する材料」としてみるのか
「5段階」を知恵として「他者をケアするための自分自身の指標」にするのか
それによって 大きく違ってしまうのではないでしょうか
エンディングセラピーはもちろん 後者の姿勢で取り組んでいますとも(^^)

桜とは 関係のない話題のようですが
やはり 夫が初めてガンの告知を受けた時の事と 
上記した桜の風景が 私の中では 重なるのですね
ふたりで並んで 医師の診断を聞きながら なぜかふたりとも
「否認」は沸き上がったきませんでした
その後の対話の中で 夫からは
「俺にはキュブラー・ロスの5段階説 関係ないな」という言葉もでました
でもね 色んな形で現れましたよ 彼にも 私にも
私はやはり 知っていてよかったなあ と思ったものです

※註:死の受容の5段階説

エリザベス・キュブラー・ロスが著書「死ぬ瞬間」で発表したもの
自分が助からないとされる病気であることが分かった時から
それを受け入れる過程を表したものですが、すべての人がこの経過を
辿るわけではないということも書いています。
否認:そんなわけはない、間違いでしょう?
怒り:なぜ私が!どうしてこんな酷い事に!
取引:せめて息子が成人するまで。なんとか娘が戻ってくるまで….etc.
抑鬱:どうせもう何をしても間に合わない、自分は何もできない。
受容:事実を受け入れ、それまでをどう生きるかを考え始める

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